2017年2月22日水曜日

インド旅行記⑨



 このお店にメニューはなく、トゥクパ(汁麵)とモモ(餃子)だけのお店です。日本人に特別親近感を持っているのかわかりませんけど、店内には何故か着物の女性の写真が飾ってあり、ご主人は控えめだけど親切でとても感じがいいです。




ここでひとくち目を口にしたときは、思わず「むふっ!」とか何とか呻きました。日本で食べても普通においしいと思いますが、インドで三週間以上経ってから食べるとまず何か呻き声が出ますね。初めて食べるのにホッとする懐かしい味。マサラーに疲弊していた胃にこの上なく優しく染み渡る極上のスープ、麺にコシはないけれどそんなことは些細なことです。この味は日本に帰ってからも懐かしく思い出すだろうなとその時確信しました。モモも大変美味しいです。


 この写真はハーフ・ハーフと言ってトゥクパ半分、モモ半分(つまりこの写真の一皿で1人前)で、私たちふたり合わせて、つまりこの上の写真全部でたった150ルピー(300円弱)でした。しかもご主人がチャイも飲みなさいという感じで「チャーイ?」と聞くのでじゃあくださいとチャイも飲みましたがチャイはなんと無料とのこと(チャイは薄いけどタダは他にないと思う)。ここで食べていると地元のチベット人が結構入れ代わり立ち代わりやってきて慣れた様子でハーフのトゥクパをササッと食べて出ていきます。地元民ご用達の食堂という感じでしょうか。


 午前中はマクロードガンジのほとんどのレストランがまだ空いていない中、朝早くから開けていて(何時からかは知りませんが、8時半頃には開いてました)私たちは滞在中毎朝ここで食べました。ホントは他にもブログで見て絶対おいしいだろうなという、トゥクパ専門店もあって(ドライトゥクパのあるあのお店です)ぜひ食べ比べしてみたかったのですが、残念ながら滞在中ずっと閉まっていました。でもここだけでもオープンしていてくれてよかったです。場所はメインスクウェアからメインストリートが2本南に伸びていますが、もう一本、目立たないですが車は通れない細ーい道が一番西側に下ってます。そこを右側を気にして降りていけば見つけられるでしょう。メインスクウェアから歩いて1分もしないくらいだと思いますよ。






 しかし食べ物の話ばかりでいけませんね。まあ基本私の旅行など所詮花より団子です。それでもダライ・ラマ法王邸宅もあるツクラカンコンプレックスはもちろん行きました。私たちが行ったとき法王は不在でしたので、警備の方も若干リラックスした感じだったのですが、やはり思ったのが(質素だなあ)ということ。もちろん邸宅の中は入ることが出来ませんので分かんないですけど、ハリウッドスターも謁見に訪れると言われる世界のVIPの住まいにしてはとても質素な外観で、もうちょっと豪華でもいいんじゃないかなあ、なんて思ってしまいました。





 併設されているチベット博物館も見学しました。自分の無知を晒すようで気が引けますが、ここでかなり驚いたのが、チベットの領土だった地域(今ではもちろん中国の領土とされていますが)のことです。私はてっきり何々県だとかせめて四国とか、その程度の大きさだろうと勝手に想像していたのですが、実際はインドの2/3もの広さのある広大な地域であったということを初めて知りました。



館内では多くの写真が展示されているのですが、由緒あるチベット寺院が次々と破壊され、味も素っ気もない集合住宅が次々と建設されている写真を見るとやりきれない思いがします。現在も続くチベット人の抗議の焼身自殺もこうやってまざまざと見せられると、ハッとさせられるというか、これが現代社会のある地域では現実に、実際に起こっていることなんだということが信じられないような気になります。翻って日本では別種の不安感、閉塞感や息苦しさが社会にうっすらと蔓延しているような気もしなくはないとは言え、平和といえば平和なのでありがたいよなあとささやかな感謝の気持ちも湧いてきます。





 さて、そんなこんなでマクロードガンジでの滞在もあっという間にタイムアップです。冬季休業中でクローズしている食堂が多かったのは残念でしたが、この町は大変気に入りました。インドであってインドではない町というか。インドという国に身も心も胃袋もなんだかんだと小突き回されて疲弊してしまった長期の旅行者にはホッとするオアシスのような場所なんじゃないでしょうか。


〈続く〉

2017年2月19日日曜日

インド旅行記⑧


 リシケシから夜行電車に乗り最寄り駅のパタンコットまで行ってそこからバスでダラムシャーラーに到着する予定だったのですが、チケットを買ったリシケシの旅行代理店でパタンコットが終点かと聞くと自信満々でそうだと言っていたので安心して寝ていたら、到着予定時刻を2時間過ぎても電車が停まらず一応近くの乗客に聞いてみたらもう過ぎちゃったよと言われました。インド人の自信満々を過信してはいけません、絶対に。 
 よくよく冷静に考えてみると、『自信無さげなインド人』なんて、『清純派セクシー女優』みたいな、なんだか釈然としない非現実的な存在ですからね。全く油断しました。



 さて戻る電車もないですし、仕方がないので周りの人に聞きながらローカルバスでダラムシャーラーに向かいました。結局バスを4回乗り継いで、中にはホントにこんなとこで降ろされて大丈夫かなあと若干疑いを持ったこともありましたが、それほど迷ったり、長時間乗り継ぎ待ちをすることもなく半日遅れでなんとかたどり着きました。不愛想で若干デューク東郷のような威圧感のあるおじさん(軍人だと聞いて納得)も、私たちがダラムシャーラー言っているのを聞いて、ニコリともせず俺もそこへ行くから降りるとき教えてやると言ってくれたりして皆さんとても親切で大変有り難かったです。

ダラムシャーラーの中でも旅行者が集まるのはダライ・ラマ法王公邸もあるマクロードガンジというところです。




(マクロードガンジのメインスクウェア↑)



 ここはインドでも結構北の方で標高も高いので(1700m程)寒い寒いとはさんざん聞いていましたが、着いてみるとまあ阿蘇の方が全然寒いですね。なんだたいしたことねーな、という。町もこじんまりしてメインストリートはいろんなお店があり、道行く人もインド人とは顔の造りが違うチベタンの人々も多く見かけます。空気もいい気がするし、宿からの景色もいいし、私たちはすぐにここが気に入りました。そして3週間以上ぶり、インド入国以来全く口にしていなかった肉を食べました。バックトゥザノンベジワールドです。



(宿からの景色↑)


 モモという、いわゆる蒸し餃子を、メインスクウェアのすぐ近くのモモしかない庶民派専門店で早速食べたのですが、以前、といってもこれも20年近く前、ネパールで何度か食べたことのあるモモの味の記憶をだいぶ上回った美味しさで感激しました。久しぶりの肉ということもあるのでしょうが、それよりもネパールではその当時、味のシルクロード、通称『味シル』とか、かなりまともな日本食レストランもありましたし(今もあるのかな?)、タイの後だったし、インドの前だったしで、舌がまだ高飛車な状態というか、その有難みが理解できない程ナイーヴだったことが大きいんじゃないかと思います。
 今回はインドでしばらく小突き回された後なのでその味の有難さもよくわかります。アフリカとかアマゾンとかそんなところで長く暮らしている日本人の方はもっともっと切実に、そのような日本でなくともせめてインド手前のアジアの味に飢えるんじゃないでしょうか。




 ひとつまた思い出話なんですが、以前インドで2ヵ月目くらい、海外に出てからは半年くらいの時、インド最南端の町のある宿の部屋で私を入れて日本人男三人でしゃべっていました。一人は冬休みを使った学生さんの旅行者で、もうひとりは私と同じく長期旅行の方でした。そのうち自然と食べ物の話になって、その学生さんが粉末のインスタント味噌汁を持っていることが発覚しました。私たちは“ピクッ”と反応しましたが、意地きたないのはみっともないので「へー、そうなんだ。準備がいいね。ハハハ…。」などと至って何事もないのように紳士的にふるまっていたつもりでした。しかしその心優しい学生さんは、何かを察してくれたのでしょう、なんと
 「これ、いま3人で飲みませんか?」と申し出てくれました。

その貴重さを理解している私達は、「いや、いいですよ。」などと確か少なくとも一回はご遠慮申し上げたと記憶してますが、彼は「いや、いいですよ。飲みましょう。」と言い張ってくださいました。

「い…、いいんですか?」

私達の声は震えていたと思います。



その当時私が持っていたカップとコイルヒーターでお湯を沸かし、その神々しい粉末を投入します。そのカップを囲み正三角形になって座り少し待ちます。部屋にはティーセレモニーよりも厳粛な空気が充満していました。

各自お先にどうぞと遠慮しながらひとくち目を口にします。「ズズズッ…、はぁぁぁ…。」

ひと口、啜っては隣に回します。「ズズズッ…、はぁぁぁ…。」またひと口、啜っては隣に回します。「ズズズッ…、はぁぁぁ…。」


…。


何週目だったか、「最後…、いいっすか。」と誰かが言うまで、とにかく三人無言でした。


母親の味噌汁でもなく、奥さんの味噌汁でもなく、これが私の今までの人生でナンバーワンの味噌汁の思い出です。インスタントですけど。





 さて、ネットにはいくつかのここマクロードガンジに滞在した日本人旅行者のブログがあり、レストラン情報をかなり事細かく書いてくれていたので、そういった記事をかなりコーフンしながら丹念に読み込みました。ここのレストラン行かなきゃ、これも食べなきゃあれも食べなきゃ、とワクワクが止まりません。インドのカレー的な料理が必ずしも不味いわけではないですけど、それとは何かが決定的に違う、日本人の口にも合う料理がたくさんありそうです。しかもここでは評判のすこぶるいい、お値打ちな日本食レストランもあり、戦略的撤退というか勇気ある妥協というか(←そんな大層なものではない)、要するに「まあいいじゃないか、折角なので食べちまおう!」と、とにかく日本食も食べる気満々の腹づもりでした。

 しかしながら!




…やってない。ここもあそこも閉まってる。次の日も空いてない。その次の日も空いてない…。な、なんてこったい…。その日本食のレストランも毎年12月は休業ですって。(うーん、そうか、ここは今が一番のローシーズンなんだ。阿蘇と同じなんだ。)と大変残念でした。たしかにポツポツと外国人観光客が歩いているのを見かけるものの、そこまで多くないもんなあ。

まあしかし全てのお店が休みなのではなく、やってるところはちゃんとやっているので食いっぱぐれることは絶対にないのでご安心を。 



 そんな冬季休業中のお店も多々ある中、マクロードガンジの私たちのイチオシの食堂をひとつご紹介します。韓国人旅行者のブログで紹介されていたのを奥さんが見つけたのですが、日本人のブログでは私がググった限りでは紹介されていなかったようなので、おそらくそこまで日本人旅行者には知られていないかもしれないお店です。メインの通りではなくいわゆる裏通りにあり、なんてったって看板も出ていません。知らないと食堂だと気付かないかもしれません。



入口はこんな感じ。







〈続く〉

2017年2月16日木曜日

インド旅行記⑦


プシュカルの後、どこに行こうかねということになって、私はほんの少しだけも行ったことのないチベットっぽい雰囲気を体感したくて、というか実際のところチベット料理に逃げたくてダラムシャーラーに是非行ってみたかったのですが、奥さんはバラナシに行きたいと言いました。両方行くにはかなり駆け足になるし、私はすでに行ったことあるし、何よりバラナシは旅行者商売が苛烈なところなので疲れそうだし、もう二人とも疲れるのはなるべく避けたいし、で結局バラナシは諦めて、代わりに同じガンジス川も流れているリシケシに数日泊まってその後最後にダラムシャーラーに行ってデリーに戻るようなスケジュールに決めました。

今回の旅行は、瞑想期間とデリー、ジャイプルを除けば、結果的には旅行者に人気があって長期滞在しがちな小ぶりな町のみを訪ねることになりました。私はやっぱり大きな街より小さな町のほうが100倍落ち着きますね。やはり旅行者が長居をしてしまうような場所にはそれなりの理由があります。町全体なんだかのんびり、まったりとした雰囲気がありますし、旅行者相手の商売の方々もそれほどガツガツしないですし、食事するところも多いですし、お土産物屋さんやカフェなどがたくさんあるとぶらぶら歩いて楽しいですし。阿蘇駅周辺もそうなってほしいなーと願っているのですが。


さて、リシケシはヨガが有名なところで、世界中からヨガ修行目的の人達がここに集まり、かなり長く滞在する人も多い町です。ビートルズがかつてここに滞在したのは有名な話ですね。私たちは時間もないのでヨガはパスです。



リシケシでは川辺でガンジス川を眺めていると、今回の旅行の衝撃映像のひとつとして記憶される光景に出会いました。おっさんが川の水で歯を磨いています。特に澄んでいるわけでもない川の水で口をゆすいでペッと吐き出します。自分はまねできるほどワイルドでも丈夫でもありませんが、ここまでは全然いいんです。以前バラナシのガンガーでもよく見た光景です。それからでかいビーカーの様な入れ物に水を汲み、(あぁ、聖なる川の水だから、なんか知らんけど持って帰るんかな)、と見ていると、それを風呂上がりの牛乳のようにぐいっと口に含みました。喉仏が上下に動いています。ん?ナニナニ?の、飲んでんの?ゴクゴクという音が聞こえてきそうなほど喉仏動いてるやん…(唖然)。

イヤイヤイヤイヤ…。いっくらタフなインドの方でも大丈夫なんでしょうか。確かにバラナシのガンガーよりはだいぶましな水ではあるだろうけど、全然澄んではいないですよ。たぶんミジンコやアメーバいっぱい泳いでますよ。『野生動物か!』と思わずツッコミたくなります。インド人ってやっぱりスゲーっす。





衝撃映像で思い出すのが、私の20年近く前の前回のインドで遭遇したこんな光景がよく記憶に残っています。

とあるインドの田舎のほうでおっさんが道のちょっと横でしゃがんでます。そしてそのおっさんと目が合いました。インドの男性は結構しゃがんでおしっこをするのですが、この方はどうやら“大”のほうです。私は(の、野グソしてはるやん…)、と少しの動揺がありました。




…私はおっさんを見ています。のグソしてはる…、と思いながら。




…おっさんは私を見ています。あ、外国人だ、みたいな感じで。




…私はおっさんを見続けます。のグソしてはる…、と思いながら。




…おっさんは私を見続けます。見てんじゃねーよ、と威嚇している目ではなく、何かとても珍しいものでも観察しているかのような、純粋な子供のような好奇心に満ちた瞳で…



………。




……。




…。






…今となっては何秒間くらいの出来事だったのか定かではありませんが、視線はずいぶんと長い間絡み合ったまま動きませんでした。私は思いました。『おっさん違うんだよ。珍しいものを見ているのはおっさんじゃない。俺の方なんだ。分かってくれよ…。』と…。


こんな時はよく、その当時よく聴いた曲、YEN TOWN BANDの“Swallowtail Butterfly~あいのうた~”が歌詞を変えて頭の中をぐるぐる回ったものです。『♪この国の アホのアホさに 心細くなる』そしてなんだかリアルに心細くなったものです(酷い歌詞ですが若気の至りなのでお許しください)。




〈続く〉

2017年2月13日月曜日

インド旅行記⑥


コース終了後には奥さんとプシュカルで落ち合い、数日過ごしました。このプシュカルは小ぢんまりとした町で、とても過ごしやすいところでした。メインストリートの幅が狭いながらもバイクはガンガン通り、聖なるノラ牛達がその狭い道を気ままに行き来してますが、レストランやお土産物屋さんもたくさんあり、いつも多くの人々で賑わっていて活気があります。聖地であり観光地でもあり、旅行者がついつい長居してしまうところだというのも納得です。




前回のインド旅行では入国後1週間ちょっと過ぎに酷い下痢をして、その後しばらくインド料理のマサラ臭を体が全く受け付けないようになる、『カレー、ダメ、ゼッタイ!』という期間がありました。今回私自身は大丈夫だったのですが、奥さんがヴィパッサナー瞑想コース期間中に、以前の私と同様に『カレー、ダメ、ゼッタイ!』状態になってしまっていました。ですので私たちはプシュカルではパスタ、ピザのようなものばかり食べてしまいました。その国に行ったらその国のものを食べるという基本方針は、その時点でけちょんけちょんに丸めて蹴飛ばして捨ててやりました。
 

とにかく米、ごはんが泣きたいほど不味くて、ごはん好きの私もどうしても麺を選んでしまいます。タイとかでも米は日本と違って粘り気のない、言えばパサパサ気味だったと思うけど、タイでのごはんが不味かった記憶など殆どありません。でもインドの米は今回の私には格別にダメでしたね。多分とどめを刺された食べ物がフライドライスだったのが多少影響しているのかもしれません。



また今回気が付いたのは、20年近く前の前回のインド旅行ではパスタなど食べた記憶はないのですが(チョウメンはよく食べたと思う)、今では外国人旅行者もよく入るようなお店では、パスタ、ピザといったイタリアンがほとんどのお店のメニューにあるということでした。なるほど、ベジ(ベジタリン)でもパスタやピザなら大概不味くはなりませんからね。

Nirvana Cafeというレストランで食べた時、シヴァ神のようなヘアスタイルが目を引く、若干クセの強そうなそのお店のオーナーのおじさんが話しかけてきて、「ウチのピザ、パスタがもしもプシュカルの他の店より不味かったら、お代はいらんよ!」と豪語してきました。(おお、とにかくすげー自信だ)と感心したのですが、食べてみると、(なるほど、その自信、インド人だからというだけの理由ではないな)と納得しました。場所によってはチャパティにケチャップみたいなのかけてチーズとピーマンをのっけて焼いただけみたいななんちゃってイタリアンピザで200ルピー(400円弱)前後とかする(だってレストランのチャパティ110ルピーとかですよ)、偽ブランド品のようなお店もあるのですが、ここはしっかり本格派でした。注文したブロッコリー入りのクリームパスタなんかもうホント感激するくらいおいしかったので、こうしてここに書き残しておきます(写真は忘れた)。



もうひとつ特においしかったのが、店名は控えておくのを忘れましたがどこかメインストリートのフレッシュジュース屋さんのベジバーガーです。ベジなのにここまでウマいバーガーもあるんだ、とかなり感激しました。後に他の街で食べたベジバーガーとは雲泥の差、ダウンタウンとダウソタウソくらいの実力差がありました。因みにプシュカルはインドの聖地のひとつなので、ノンベジ、つまり肉類の出るお店は私の見た限りではなさそうでした。




それと今回気付いたのが日本では正月ぐらいしか出番がない、というか今ではほとんどソレで遊んでる人を見たことがない、凧(たこ)がどうも大流行りしているらしい、ということです。
いつから流行っているのか、ひょっとしたらジャイプルやプシュカルでは大昔からずっと人気なのかは分かりませんけど夕方近くになると子供らから大人まで、建物の屋上へ上がってきて、日課のようにせっせと凧揚げを始めます。みんな同じ大きさ、形で、色だけが違う沢山の凧が空に舞います。仕事から帰宅したらしいお父さんも隠居しているおじいさんも上手にできない子供に「ほら、こうやるんだよ。」と手本を見せたりしています。ようやく高く揚がったらお母さんに「ホラ見てー、」と呼びかけたりなんかして、「はいはい、すごいじゃない。」なんて言ってるっぽい光景は見ていて大変微笑ましいものでした。

子供らだけでなく、いい年をした若者も多く見かけます。日本では多くの若者が下を向いてスマホ画面をせっせと見ているだろう間に、インドでは多くの若者が空を見上げてひたむきに凧揚げしています。どちらが上でどちらが下かという問題ではありませんが、どちらがより深刻な問題なのだろうかと考えてみると結構悩みます。とりあえず凧揚げの方が健康的なイメージでしょうか。





続く