前回のブログに匿名さんからコメントいただき、思い出したことがありますので紹介させていただきます。
私が小学校に入ったくらいだったでしょうか、富士山周辺にある白い絹糸が幾筋も垂れているように見える有名な某滝に連れていってもらったことがあります。
それは見事な滝で子供心にいいところだなぁ、と思ったことをはっきりと覚えています。
そして、それなりに多くの旅行も経験した大人になった後で再びこの滝を訪れたときのはなしです。
滝へ続く道の脇に建つあるお土産屋さんの店先で、オバちゃんが観光客をしきりに呼びとめていました。
何をやっていたのかというと、蓋の無い箱に砂が入っていて、この砂の中にもしもダイヤモンド(もちろんオモチャのですが)が入っていたらあなたはラッキー。ダイヤモンド差し上げます!という余興を行っていたのでした。
前を通ると「アラお兄さんも是非やってってくださいな。」と言われたかどーかは忘れましたが、私も結構強引にやらされてしまいました。
箱を持っているのはおそらく旦那さんでしょう、腹黒いマギー司郎のような胡散臭そーなおっさんでしたが砂をかき分けかき分け、「あー、今回は無いですかねえ。」などと言って、フーン、ないのか、と思っていたら、最後の最後に手品のように砂の中からダイヤモンドがひょっこり出てきたのでした。
「ありましたー!おめでとうございます!!」などと言われて気を良くしていると、「それではこれをネックレスにしますので、1000円になります。」と、のたまいやがりました。私はもちろん、「は!?じゃあいらないです。」といいました。その後も何かしつこく言ってきたような気もしますがそのオバさんは不満まるだしの顔でじゃ行きなという素振りを見せました。私は腹が立ったので「は!?ダイヤモンドは?」といって憎々しげな顔をしているオバさん、おっさんから貰えるはずのそのなんちゃってダイヤモンドをぶんどってやりました。今思うと目の前でポイッと捨ててやればよかったと思いますが、その時は一応ポケットにしまいスタスタと先へ進んだのでした。
その後で近くを歩いていた若者グループのひとりが肩を落としながら、「ネックレス買わされちゃったよー。」などと話しているのも聞きました。
もう10年位前の話なので流石にもうこんなことはやってないでしょうが、『観光地の腐敗ここに極まれり、だな。』とその時思ったことをよく覚えています。観光客がお金にしか見えない、というか。
海外の観光地でも、とにかく何とかして観光客から少しでもたくさんお金を絞り取ってやろうと待ち構えている輩はもちろん大勢います。そういった輩との対決も旅の醍醐味のひとつであると言えなくもないですが、やはり鬱陶しいものですし、日本人としては日本でもそんなことをやっているのは恥ずかしくなります。
さらに恐いことは、そういったトラブルはその観光地の印象に直結してしまうことです。いくら阿蘇が素晴らしくても、何かひとつ不愉快な出来事があると、阿蘇の印象そのものが悪くなってしまいます。結果その人はもう阿蘇はいいや、二度と来ることはないな、と思ってしまうでしょう。
阿蘇に食べさせてもらっている私達としましては由々しき事態です。
観光地に住む正しい(と私が思う)心構えは『どーでい、オイラたちの○○は。スゲーだろ。まあとにかくゆっくり楽しんでくんな。』と、このように江戸っ子風でなくてもいいですが、まあそんな感じがいいんじゃないかと思ってます。私もそんな気持ちでゲストさんたちを迎えています。その気持ちの一枚下の部分で、(そんでもって、ウチに泊まってくれたらすごくうれしいんだけどなぁ。連泊とかしてくれたらさらにうれしいんだけどなぁ。)と、これはこころの中で秘かにつぶやいています。
いくら阿蘇がその滝に比べてはるかにスケールの大きな観光地だとしても、観光客のみなさんに1回来て「まあも―いいや。」とばかり思わせていたらよくて現状維持、基本ジリ貧です。『世界の阿蘇』のポテンシャルは今よりもっともっと大きいと私自身は考えています。
2012年1月8日日曜日
2011年9月5日月曜日
Risking death on a Japanese Volcano
CNNのウェブサイトをサラッと眺めていると『Risking death on a Japanese volcano (日本の火山で死の危険を冒す)』などという見出しがあったので気になってクリックしてみると、パッと米塚の写真が画面に出ました。阿蘇の記事でした。
http://www.cnngo.com/tokyo/visit/mount-aso-and-me-or-how-i-risked-death-japanese-volcano-668919?hpt=hp_mid
“世界の阿蘇”と常日頃から言ってますのでCNNの記事になったくらいで舞い上がったりはしませんが、平常時より若干鼻息が荒くなった可能性は否定できません。
記事の内容はというと、簡単な阿蘇の紹介と仙酔峡からの登山の様子が書かれてました。
読んでみた感想としては、まあとにかく大げさ、そしてビビりすぎ。記事のタイトルからして“How I risked death on a Japanese volcano(日本の火山で私はどのように死の危険を冒したか?)”ですし、阿蘇のことを“taker of life(命を獲るもの)”などとおどろおどろしく呼んだりして、「そりゃ言い過ぎってもんだぜお嬢ちゃん。」と窘めたくもなります。
おそらく冗談まじりで書いているのでしょうが、阿蘇のことを全く知らない人が読んだら「ほぉ~。阿蘇っちゅうのは危険なとこなんじゃのぉ~、じいさんや。」などと言われそうなくらいの書き方だと思います。
案の定、その記事のコメント欄には阿蘇に行ったことがある人が『バカ言っちゃーいけない。阿蘇なんて全然安全だぜ。』と文句を言ってたりしてます。
まあ確かに中岳高岳の登山は全く上、中級者向けという山ではないかもしれませんが、“extremely easy hike”などと言われると、ちょっと待てよと思います。カリスマスーパーモデルが歌がヘタだと文句言われても「あたしゃー、ソコで勝負してんぢゃないわよ。」と反論するのと同じように、「阿蘇は登山の難しさで勝負してんちゃうわい!」と言ってやりたくなります。火口を見て高岳まで登って「余裕すぎてつまんなかったぜ。」くらいの感想しか持てないような登山者なら、ウチ帰ってテレビでも見ながらヒンズースクワットの世界記録でも挑戦してろや思います。
しかし、『阿蘇の登山で一番の危険は観光バスに轢かれることだ。』などのコメントには反論が難しいです。『龍の口(と本文中で形容されている火口)から駐車場までたった300Mだぜ!』とか言われると、『いや100Mじゃい!』と自虐的なツッコミも頭に浮かびますし。
もうちょっと、こう、『太古からの信仰の対象である霊山』としてのアピール、及び方針でいってくれないものかなぁ、と個人的には思うのですが…。
http://www.cnngo.com/tokyo/visit/mount-aso-and-me-or-how-i-risked-death-japanese-volcano-668919?hpt=hp_mid
“世界の阿蘇”と常日頃から言ってますのでCNNの記事になったくらいで舞い上がったりはしませんが、平常時より若干鼻息が荒くなった可能性は否定できません。
記事の内容はというと、簡単な阿蘇の紹介と仙酔峡からの登山の様子が書かれてました。
読んでみた感想としては、まあとにかく大げさ、そしてビビりすぎ。記事のタイトルからして“How I risked death on a Japanese volcano(日本の火山で私はどのように死の危険を冒したか?)”ですし、阿蘇のことを“taker of life(命を獲るもの)”などとおどろおどろしく呼んだりして、「そりゃ言い過ぎってもんだぜお嬢ちゃん。」と窘めたくもなります。
おそらく冗談まじりで書いているのでしょうが、阿蘇のことを全く知らない人が読んだら「ほぉ~。阿蘇っちゅうのは危険なとこなんじゃのぉ~、じいさんや。」などと言われそうなくらいの書き方だと思います。
案の定、その記事のコメント欄には阿蘇に行ったことがある人が『バカ言っちゃーいけない。阿蘇なんて全然安全だぜ。』と文句を言ってたりしてます。
まあ確かに中岳高岳の登山は全く上、中級者向けという山ではないかもしれませんが、“extremely easy hike”などと言われると、ちょっと待てよと思います。カリスマスーパーモデルが歌がヘタだと文句言われても「あたしゃー、ソコで勝負してんぢゃないわよ。」と反論するのと同じように、「阿蘇は登山の難しさで勝負してんちゃうわい!」と言ってやりたくなります。火口を見て高岳まで登って「余裕すぎてつまんなかったぜ。」くらいの感想しか持てないような登山者なら、ウチ帰ってテレビでも見ながらヒンズースクワットの世界記録でも挑戦してろや思います。
しかし、『阿蘇の登山で一番の危険は観光バスに轢かれることだ。』などのコメントには反論が難しいです。『龍の口(と本文中で形容されている火口)から駐車場までたった300Mだぜ!』とか言われると、『いや100Mじゃい!』と自虐的なツッコミも頭に浮かびますし。
もうちょっと、こう、『太古からの信仰の対象である霊山』としてのアピール、及び方針でいってくれないものかなぁ、と個人的には思うのですが…。
2011年2月23日水曜日
本日再開
2011年1月22日土曜日
毎朝のたたかい
Winter Closure(冬季休業)に入り、はやいもので、すでに10日も経ってしまったようです。
今年の冬は全国的に例年にない寒さのようですが、ホント―に寒いですね。先日など、朝起きてベッド横の温度計付きデジタル置時計を見てみると2.7℃の表示。私は思わず「外か!」とツッコまずにはいられませんでした。こんなに寒いと、何時までに仕事に行かなきゃいけない、というイケナイ=MUSTが無い限り、とにかく布団から出ることが出来ません。
「やらにゃーイカンなー。」ということも実際たくさんあることはあるのですが、やらにゃーイカンなー、の前に“いつか、”とか、“近いうちに、”がついているので、まずは、“朝、布団の中から脱出する”という非常にキビシイたたかいに勝利することに全精力を傾ける必要があるのです。心配しなくても最後には必ず勝つのですが、勝つまでに1、2時間かかってしまうのが少々問題です。
しかし、二度寝が許されるってのは、なんてシアワセなんでしょう…。
そんなうだうだな今日この頃の私ですが、本日は天気も良かったので久しぶりに火口および砂千里付近に行って少しウロウロしてみました。

写真でみると、まるで雪国みたいじゃあないですか?結構雪残ってますよ。
今年の冬は全国的に例年にない寒さのようですが、ホント―に寒いですね。先日など、朝起きてベッド横の温度計付きデジタル置時計を見てみると2.7℃の表示。私は思わず「外か!」とツッコまずにはいられませんでした。こんなに寒いと、何時までに仕事に行かなきゃいけない、というイケナイ=MUSTが無い限り、とにかく布団から出ることが出来ません。
「やらにゃーイカンなー。」ということも実際たくさんあることはあるのですが、やらにゃーイカンなー、の前に“いつか、”とか、“近いうちに、”がついているので、まずは、“朝、布団の中から脱出する”という非常にキビシイたたかいに勝利することに全精力を傾ける必要があるのです。心配しなくても最後には必ず勝つのですが、勝つまでに1、2時間かかってしまうのが少々問題です。
しかし、二度寝が許されるってのは、なんてシアワセなんでしょう…。
そんなうだうだな今日この頃の私ですが、本日は天気も良かったので久しぶりに火口および砂千里付近に行って少しウロウロしてみました。
写真でみると、まるで雪国みたいじゃあないですか?結構雪残ってますよ。
2011年1月4日火曜日
あけましておめでとうございます。
少々遅れましたが、あけましておめでとうございます。
皆さま、本年も ASO BASE BACKPACKERS を何卒よろしくお願い申し上げます。
お正月は旅の達人シローさん率いる、いとこさん+日本語ペラペラアメリカ人大学院生のゆかいな3人組が去年の大みそかに引き続きご宿泊いただきました。また、チェックイン時、どこかで見たおカオだなあと思って「あのぉ~、以前コチラに来られたこと…、あります?」と聞いてみると昨年も元旦にお泊りいただいたという鳥巣さんも再びのご宿泊。二日には母と息子の歩き旅行派の宮本さん親子(前回は阿蘇から熊本まで歩かれましたし、以前にも熊本から大分まで歩かれてます。)も2度目のご宿泊においでいただきました。
以前泊まってまた再度来ていただけるというのは、それなりに気に入っていただいたということでもあると思いますので、私達にとっては、それはとても嬉しいことです。
阿蘇は春夏秋冬それぞれ山の色が変わります。春は野焼きで黒くなり、夏は草原の緑、秋はすすきの黄金色、冬は白い雪化粧。四季折々美しい表情を見せてくれます。一度と言わず、何度でもお越しください。阿蘇はマーライオンのように(←例えば、ですよ)一度見ときゃージューブンやー、っていうところではありませんよー。
それでは、今年が皆さんにとって幸せな一年になりますように!
皆さま、本年も ASO BASE BACKPACKERS を何卒よろしくお願い申し上げます。
お正月は旅の達人シローさん率いる、いとこさん+日本語ペラペラアメリカ人大学院生のゆかいな3人組が去年の大みそかに引き続きご宿泊いただきました。また、チェックイン時、どこかで見たおカオだなあと思って「あのぉ~、以前コチラに来られたこと…、あります?」と聞いてみると昨年も元旦にお泊りいただいたという鳥巣さんも再びのご宿泊。二日には母と息子の歩き旅行派の宮本さん親子(前回は阿蘇から熊本まで歩かれましたし、以前にも熊本から大分まで歩かれてます。)も2度目のご宿泊においでいただきました。
以前泊まってまた再度来ていただけるというのは、それなりに気に入っていただいたということでもあると思いますので、私達にとっては、それはとても嬉しいことです。
阿蘇は春夏秋冬それぞれ山の色が変わります。春は野焼きで黒くなり、夏は草原の緑、秋はすすきの黄金色、冬は白い雪化粧。四季折々美しい表情を見せてくれます。一度と言わず、何度でもお越しください。阿蘇はマーライオンのように(←例えば、ですよ)一度見ときゃージューブンやー、っていうところではありませんよー。
それでは、今年が皆さんにとって幸せな一年になりますように!
2010年12月27日月曜日
銀世界。
「○○くん。今年は2人で迎える初めてのクリスマスだね。来年も、再来年もずーっと一緒にいようね!」
阿蘇クリスマスバルーンフェスティバルの会場でMCの方が会場に来ているカップルさんのメッセージを読み上げていました。
私はひとりごとにしてはやや大きな声で、「アホか。」と呟きます。

そんなこんなで今年が最後となる阿蘇クリスマスバルーンフェスティバルが先日行われました。
24、25日両日とも強風のためバルーンイリュージョンは残念ながらバーナーイリュージョンとなってしまいましたがたくさんのひとたちがバーナーの強力なファイヤーで暖まりながら冬の夜空を彩る花火やアトラクションを楽しんだのでありました。
来年はバルーンフェスティバルに変わるイベントが企画されるとか、されないとか、そんなお話もあるようですので、とりあえず来年にも期待しましょう。
昨晩は一生懸命雪が降っていましたので、本日、外は一面の銀世界。雪国の人には鬱陶しいものでしょうが、雪の降らない、積もらない地域の人たちにとっては雪はエンターテイナー(私にとってもそうです)。オーストラリアのMarcusさんにとってはもっと珍しい光景でしたので、よろこんでいたようでした。

今年も残すところあと4日です。皆さん、よいお正月を迎えられるよう、残りのお仕事がんばってください!
阿蘇クリスマスバルーンフェスティバルの会場でMCの方が会場に来ているカップルさんのメッセージを読み上げていました。
私はひとりごとにしてはやや大きな声で、「アホか。」と呟きます。
そんなこんなで今年が最後となる阿蘇クリスマスバルーンフェスティバルが先日行われました。
24、25日両日とも強風のためバルーンイリュージョンは残念ながらバーナーイリュージョンとなってしまいましたがたくさんのひとたちがバーナーの強力なファイヤーで暖まりながら冬の夜空を彩る花火やアトラクションを楽しんだのでありました。
来年はバルーンフェスティバルに変わるイベントが企画されるとか、されないとか、そんなお話もあるようですので、とりあえず来年にも期待しましょう。
昨晩は一生懸命雪が降っていましたので、本日、外は一面の銀世界。雪国の人には鬱陶しいものでしょうが、雪の降らない、積もらない地域の人たちにとっては雪はエンターテイナー(私にとってもそうです)。オーストラリアのMarcusさんにとってはもっと珍しい光景でしたので、よろこんでいたようでした。
今年も残すところあと4日です。皆さん、よいお正月を迎えられるよう、残りのお仕事がんばってください!
2010年4月20日火曜日
史上最大のロボット
未だによく覚えているんですが、私が小学生だったある日、親の友人夫妻が2冊の漫画『鉄腕アトム』を私に買い与えてくれました。
そのうちの1冊が、鉄腕アトムのエピソード中最高傑作との呼び声高い『史上最大のロボット』でした。もう1冊のほうはあまりどんな話だったか覚えてないのですが、この『史上最大のロボット』だけははっきり覚えています。それこそ何回も何回も繰り返し読みました。
多くの皆さんがご存知のように、このエピソードは後に浦沢直樹さんによって『PLUTO』としてリメイクされております。
さて今回突然何の話や、とお思いでしょうが、この『史上最大のロボット』のクライマックスシーン、プルートゥとアトム、そしてボラーとの最後の決闘の舞台が阿蘇山だということ、皆さんご存じだったでしょうか。
もし、アトムに負けたら自爆装置が作動し、大爆発を起こすというプルートゥが言います。
「おれが爆発しても、この阿蘇山の頂上なら人間には決して迷惑はかからない。」
現在ならば“観光客がプルートゥの爆風に巻き込まれ死者多数”というニュース速報が流れることになるはずです。
この連載時期は昭和39年6月~昭和40年1月でした。そのときの阿蘇山のイメージと言えば活発な火山活動で知られる危険な人跡未踏の地だったということでしょうか。
現在では火口のすぐそばまで駐車場があり、火口横は歩きやすくアスファルトで固められています。
世の中便利になりました。
いろんな考えはあるでしょうが、便利すぎて味気ない、と私なぞは思ってしまいます。折角の阿蘇なのに…。
そのうちの1冊が、鉄腕アトムのエピソード中最高傑作との呼び声高い『史上最大のロボット』でした。もう1冊のほうはあまりどんな話だったか覚えてないのですが、この『史上最大のロボット』だけははっきり覚えています。それこそ何回も何回も繰り返し読みました。
多くの皆さんがご存知のように、このエピソードは後に浦沢直樹さんによって『PLUTO』としてリメイクされております。
さて今回突然何の話や、とお思いでしょうが、この『史上最大のロボット』のクライマックスシーン、プルートゥとアトム、そしてボラーとの最後の決闘の舞台が阿蘇山だということ、皆さんご存じだったでしょうか。
もし、アトムに負けたら自爆装置が作動し、大爆発を起こすというプルートゥが言います。
「おれが爆発しても、この阿蘇山の頂上なら人間には決して迷惑はかからない。」
現在ならば“観光客がプルートゥの爆風に巻き込まれ死者多数”というニュース速報が流れることになるはずです。
この連載時期は昭和39年6月~昭和40年1月でした。そのときの阿蘇山のイメージと言えば活発な火山活動で知られる危険な人跡未踏の地だったということでしょうか。
現在では火口のすぐそばまで駐車場があり、火口横は歩きやすくアスファルトで固められています。
世の中便利になりました。
いろんな考えはあるでしょうが、便利すぎて味気ない、と私なぞは思ってしまいます。折角の阿蘇なのに…。
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